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第4章:動物病院勤務が始まった

一人、一頭、一羽との生活はハラハラの毎日でしたが、この生活のおかげで、自分の知識が磨かれ始めていると感じました。

勇気を出して、院長先生のオファーの話をもう一度聞かせてほしいと連絡を取りました。

院長先生の話を聞きながら、私の考えを話すタイミングをうかがい、

「いまだ!」

「私は、動物ファースト、飼い主セカンド、会社サード」

という考え方で、以前働いていた会社をクビになりました、と伝えました。

すると院長先生が大きな声で笑い、

「それを堂々と話してやったのですか?」

「それはクビになるわ~。ハハハハハ」

と言いました。

ちょっとイラッとしましたが、

「そういうことは会社に言うべきではなく、頭と心の中に入れて行動するのですよ。」

院長先生の話を聞きながら、クビになる前と後のつらい出来事を思い出し、涙がこぼれないよう必死で耐えました。

すると院長先生は、

「そんなつらいことがあったから、私の話を信じられなかったのですね。」

と言いました。

院長先生も同じ信念で、七坪の病院から三階建ての建物へと発展させ、駐車場管理専任のスタッフまでいる大きな病院へと成長させてきたそうです。

「ただ、スタッフにその考えを押しつけたことはありません。自然と同じ考えの方々が集まってきたのです。」

そして、

「私の話は信じなくても良いですから、まずはパートでうちの病院に来てみて、自分の身体で病院が合うかどうか感じてください。」

「それから正社員になれば良いのでは?」

と言ってくださいました。

それが、私の動物病院勤務の始まりでした。

院長先生の言うとおり、パートとして週三日の短い勤務から始まりました。当時は片道一時間半、往復三時間をかけて通勤していました。

キースは犬の幼稚園や、周りの信頼できる方々に見てもらっていました。でも、散歩の時間も足りず、ふたりで過ごす時間も少なく、毎回気が重い出勤日でした。

勤務日数が少なく、職場にも環境にもなかなか慣れることができず、精神的にも体力的にもきつい毎日でした。

ですが、現場は本当に面白い。たくさんの動物が来て、たくさんの飼い主さんが私を必要としてくださる。

パートから正社員になる覚悟がつかないまま、一年が過ぎようとしたある日のことでした。

診察室の近くで掃除をしていた私は、院長先生と飼い主さんの会話を否応なく耳にしてしまいました。

十一歳のダックスフンド。

飼い主さんは、その子を安楽死させてほしいと言っていました。

院長先生は、珍しく厳しい表情でした。

「この子は椎間板ヘルニアです。排泄がうまくできず、家の中を汚してしまうかもしれない。でも、それは嫌がらせでも悪さでもありません。」

「治療とリハビリをすれば、また歩けるようになる可能性は十分あります。」

「十一年間一緒に過ごしてきて、治療もせずに今ここで終わらせるのですか?」

飼い主さんは声を荒らげました。

「私の犬なんだから、どうするかは私が決める!」

沈黙のあと、院長先生は静かに言いました。

「わかりました。この子は安楽死したものと思って、今日はお帰りください。」

「一週間後、もう一度考えて電話をください。」

そう言って、飼い主さんを帰しました。

診察室を出た院長先生は私に犬を渡し、

「この子を抱っこして。」

と言いました。

二十~三十人ほどいる忙しい処置室の真ん中に立つと、

「みんな、手を止めて!」

と言い、私も隣へ呼びました。

抱っこしている犬の頭をなでながら、

「この子、今日から一週間は私の愛犬になったから、全力で治療して!」

私は口が半開きになるほど驚きましたが、周りのスタッフは、

「はい!」

と返事をし、すぐに治療方針を立て始めました。

院長先生は私に向かって、

「一週間でリハビリしてあげて、歩けるようにして。」

「あなたの初めての仕事です。」

と言うと、さっと行ってしまいました。

「え?? え?? え~……。」

それしか言葉が出ませんでした。

院長先生の発言もすごいが、この病院のスタッフさんたちもすごい。

普通ならあり得ない話なのに、誰一人文句も言い返すこともなく、すぐに動き始める。

その日から、院長先生が作成したプログラムで、一日三回のリハビリが始まりました。

全身を丁寧にマッサージして強張りをほぐしたあと、後肢の肉球を刺激しながら、自転車をこぐように肢を動かします。

「いち、に。いち、に。」

と声をかけながら動かしていると、私の手にかすかな抵抗が伝わってきました。

リハビリの仕上げは、タオルで腰を支えながらの歩行訓練です。

院内をゆっくり進む私たちに、忙しく立ち働くスタッフの手が止まり、温かな声が降り注ぎます。

「頑張れ!」

「あともう少しよ!」

リハビリ開始から五日目。

ふらつきながらも、その子は自分の肢で地面を蹴りました。

一週間が経つ頃には、名前を呼ぶと、あの日が嘘のようにこちらへ駆けてくるまでになりました。

私を含め、病院中のスタッフの顔に弾けるような笑顔が広がりました。

約束の一週間が過ぎた日。

昼休診の時間に、あの日来られた飼い主さんと、お母さん、娘さんらしき方々が来院されました。

スタッフの案内で院長先生の診察室へ入り、話が始まりました。

飼い主さんたちが院長先生に深く頭を下げているのが見えました。

「うちの子を返してください。ちゃんと治療して、大事にしますから。」

その日に来られた皆さんは涙を流しながら、何度も何度も院長先生に謝っていました。

すると院長先生が私に、

「あの子を連れてきて。」

と指示されました。

私は、その子を自分の肢で歩かせながら、飼い主さんたちのもとへ向かいました。

「えっ……歩いている? 歩ける!?」

真っ青な顔で、驚きを隠せない様子でした。

飼い主さんたちは泣きながらその子を抱きしめ、

「ごめんね、ごめんね。」

と謝っていました。

そして院長先生に、

「本当にありがとうございました。治療費は全額お支払いしますので、ご請求ください。」

と深く頭を下げました。

院長先生は、

「一週間の間はこの子は私の愛犬だったので、好きなように治療し、リハビリもさせました。ですから費用は一切いただきません。」

「その代わり、この子を二度と手放さず、最後まで大事にしてくださいね。」

そう言って飼い主さんたちに挨拶をし、何事もなかったかのようにオペ室へ向かいました。

オペ室へ向かう院長先生の背中を、私はただ呆然と見送っていました。

その背中は、私がずっと探し続けていた「答え」そのものでした。

正しいことを貫くには、覚悟がいる。

けれど、ここでなら、本当の意味で動物たちの助けに、そして飼い主さんたちの光になれる。

私は迷わず院長先生を追いかけ、深く頭を下げました。

「私を、ここで正社員にしてください!」

院長先生は、

「あれ? 正社員じゃなかったのか? そっか、今日から君は正社員だ! ハハハ!」

と笑いながら去っていきました。

絵文字で表すなら、おでこの横に「(;^_^A」がいくつも並び、その横に「???」が並ぶような気持ち。

やはり、覚悟がいる。

ぼやけていた私の視界が、今度こそはっきりと定まりました。